アラサーOLがアートでアレコレやってみるブログ

ブログ名変更しました(再)。アート初心者大歓迎! アートの面白さをナナメ上の視点から追求していくブログになります。

フランスのファッション史をさかのぼり、OLハイヒール問題に一石投じる話

 こんにちは、ゆきびっちです。

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 ねぇルーシー、この前ネットではこんなことが話題になっていたんだよ。

 

togetter.com

 

ざっくり要約すると、女性はヒールの靴を履かないとちゃんと働いている女性としてみなされないということ

 

そんなバカな話あるか!!と、

サングラスかけてアロハ柄の短パンにスニーカーという輩みたいな恰好して出社する私は思うのです。

 

例えパンプスでもヒールなしのものもいっぱいデザインはあるじゃないかと。

実際本職のアパレルのほうでも作ってるし。

ただ、これについてはそういう話ではないんですよね。

 

これってビジネスマン=スーツ+ネクタイみたいに、

働く女性=ハイヒール がテンプレート化されて世の中の常識のように伝わっているってことですよね。

こんなに多様な価値観が氾濫している現代に、なんてもったいない話。

ただ、このような洋服/ファッションのテンプレート化というのは実は昔にもありました。

 

 

ということでそろそろ「アート」の枠を広げたいこともあるので、

今回は、コルセットありきのドレスから現在我々が着ているような洋服へと変わった、

ファッションの転換期についてお話したいと思います。

 

 

まぁ約10年前の卒業論文から内容を抜粋するだけなんですけどね☆

 

ちなみに卒論ですが、今読み返したら、何を書きたいんだか論旨がさっぱりだったわけで笑

そりゃぁゼミの教授も面談のときに無言になるわと。

余談ですが、教授は私の論文に本当に悩んだらしく面談当時

「これまで君の発表やレポートはよかったのに、今回は何を書きたいのかわからないよ」とぽつりと言われてしまいました。

 

先生、今リベンジします。

 

 

 

 

<国の政策に乗じてオシャレする女たち>

ファッション史で大きく取り上げられるのは20世紀前後のフランス。

まずは転換の前のフランスのファッションの様子からお伝えします。

 

当時の権威者・ナポレオン三世の、戦争の影響による国内の不況を打開するための経済政策を打ち出しました。 

その経済政策の立役者が、当時ヨーロッパを代表するファッション・リーダーの、ナポレオン三世の妻・ウジェニー皇后。

 

彼女は、当時停滞していた繊維産業のリヨン製の絹をつかったドレスを積極的に着ることで、取り巻きの貴族の妻たちに同じ絹のドレスを着させ、国内のファッション産業を盛り返したのです。

一昔前のアムラーシノラーと同じ現象ですね。

一昔前・・・? あ、20年前です。

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フランツ・ヴィンターハルター≪宮廷の貴婦人たちに取り巻かれた皇后ウジェニー≫

胸元に紫のリボンを付けた人が皇后様。当時のファッショナボーな人たちに囲まれています。

 

皇后は政策を成功させるために、貴婦人内の「エレガンスの競争」で絶対的なNO.1を死守しなければなりません。

そのために独創的なドレスを次々とオーダーしていき、常に「頂点のドレス」を作り続けていたのです。

 ※「」内の言葉は山田登世子著『ブランドの条件』岩波新書からの抜粋ですが、言葉の破壊力は今読んでも凄いなと思います。「エレガンスの競争」とか雑誌で使ってほしい。

 

 とはいえ、貴族など特権階級が着ている服は、革命前の王族が着ていた服となんら変わりがありません。

というのも、その当時の女性の社会的地位の低さは革命前も後も何も変化がなかったため、服のデザインが変わる必要もなかったのです。

 

 

<男がつくりあげる、理想の女像>

当時のドレスは女性らしいボンキュッボンなスタイルを強調させるドレスが主流で、悪い言い方をすれば男性たちにハニートラップを仕掛けるようなデザインが盛り込まれていました。

例えばこちら

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ウジェニー皇后おかかえのデザイナー、シャルル・ウォルトのドレス。

 

一見露出も少ないので、どこでハニーを仕込むんだとなりますが。

明らかなる露出だけが、男性を魅了するというわけではないことは男性が一番分かっていると思います。

 

???となっている女性にご説明しますと、、、

この絵の女性ですが、まずウェストがめちゃくちゃ細いですよね。

それはコルセットで限界以上にウェストを締め付けた後、更に視覚的にウェストを細く見せるべく、ドレスの装飾がウェストを中心に放射線状に施されているからです。

Xの字のようにつくられた極端に細いくびれによって、男性にとっての楽園、お胸がやたらと強調されるのです。

それが布で覆われてようとなかろうと、強調されたお胸はばっちり殿方の視線を釘づけにさせます。

 

ちなみにスカートがやたらと長いのは、女性が階段を上り下りしようとスカートの裾を上げた際に、そこから覗く足首が細くセクシーに見えるからだとか。

 

もうお気づきですね。

このドレスは女性的な体つきを強調させつつ、その肌をひた隠しにすることで、男性にあらゆる妄想をもたせるものなのです。

先ほどから女性が好んでそのようなドレスを選んでいるように書きましたが、実際は男性のデザイナーが作り上げたものであり、要は男が描いた男のためのテンプレート化されたドレスだったわけです。

 

ちなみに気になるコルセット着用時の姿はこちら。

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内臓はどこに消えた。

ちなみに締め上げるときは何人かで後ろの紐を締め上げます。拷問級。

こんな姿になった女性をセクシーだという男性にはビンタをかましたいですね。

 

何でこんな実用的でないファッションが女性たちが着ていたのかというと、貴婦人たちは身体を動かして、働く必要がなかったからです。

それよりも、上流の貴族の男性に惚れられてお嫁さんになるために、女性らしさを前面に押し出すことが課題。

つまり男性の需要と、女性からの供給が見事一致していたためにこのテンプレート化されたドレスは何百年と続いたのです。

 

とはいっても、別にこれはその当時の男性や社会を批判するものではありません。

当時としてはこれが当たり前だったので、そのときの女性の社会的地位が低かったことを今更嘆いても仕方ありません。歴史は歴史。

ただし、今も昔も当たり前となっていることに対して「そうじゃねぇ」って言える人が出てくるかどうかで歴史が動きます。

 

そして当時、こんなん着てられるかぼけーって流れを変えたのがココ・シャネル先生です。

 

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ラグジュアリーブランドCHANELの創始者ココ・シャネル。

 

 

<好きな服を自由に選んで着るという新しい価値観>

20代で貴族の愛人となって、その彼氏のお金で帽子屋を作って繁盛していたココ・シャネルですが、彼女が洋服のデザイナーとして成功したのは第一世界大戦中。

 

元々彼女は、当時の女性にしては貧相な体型をしていて、先述したようなお色気むんむんのドレスは似合いませんでした。

ですが彼女自身、「だからなに?」って感じで、恋人の男性服(ズボンに開襟シャツ)を着こなしてファッションを楽しんでしまっていたのです。

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ここからしてココ・シャネルのファッションへのそもそもの考え方が当時の女性のものとは違っていることがわかります。

あくまで彼女は、洋服を選ぶときに「男性」の存在を無視して、個人の好みで選んで着ていたのです。

 

そして彼女は自らの感性を活かし、戦争の影響で男手がなく、働きだした女性たちのために動きやすい服を作りました。

それが、ジャージー素材のフロック・コート。

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今ではTシャツなどに使用されているジャージー素材ですが、当時は男性用の下着、もしくはスポーツ用品向きとして作られていたもので、それを女性用の洋服に転用するアイディアは斬新でした。

 

彼女はその感性で、それまで着て当たり前だった「コルセットありきのドレス」を打破して、新しい価値観を作り上げてしまったのです。 

 

このファッションの大転換によって、貴族と庶民の洋服に差がなくなりました。

それまでは貴族は貴族の服、庶民は庶民の服を着ており、そこが入り混じることはご法度でした。

洋服は個々の感性によって選択され、自分の個性を主張するアイテムに成り変わったのです。

 

 

<マナーをテンプレート化した、ハイヒールの妄想>

ここでは貴族など特権階級の服装に絞ってお話しましたが、それは彼らがマナーを重んじて服装を選ぶ機会が多かったからです。

例えば皇帝の前に出るときの服装と、貴族間の晩餐会の服装は会う相手が異なるのでそれぞれに対するマナーを重視しますよね。

 

そのマナーとは相手に不快感を与えるか与えないか。ただそれだけ。

 

ですが、マナーの中でもちょっと理解しがたいものが現代にはいくつかあります。

例えば、結婚式の場で殺生を想起させる毛皮、本革を使用したものを着用するのは控えるというマナーがありますが、ちょっともうなくしてもいいなじゃないでしょうか。

そもそも動物(牛や鴨や魚)を披露宴で殺して食べてる時点で上記の根拠と矛盾しています。根拠を一貫させるのであれば、披露宴で出すものは精進料理にしたほうがいいんじゃないの。

最近は緩和されて、冬にはラビットファーのケープなどを羽織る女性も増えてきていますが、矛盾していることが定説としてこれまで守られてきたことが不思議です。

 

今回のヒール問題も同じこと。

ハイヒールを履くことがビジネスに携わる女性のマナーであること、

ハイヒールを履くか履かないかでその人の仕事ぶりへの評価が異なることがtogtterのまとめでも挙げられていました。

 

しかしハイヒールとマナー、ドレスコードの関連性について調べましたが、

ハイヒール=きちんとしている という考え、イメージは(個人的にですが)

全世界が抱いているふんわりとした妄想だという結論に至りました。

というのもハイヒール=マナーであることの根拠が取れません。

 

カンヌ国際映画祭でも、ハイヒールを履いていない女性が入場拒否されたことで問題となったこともありましたよね。

www.sankei.com

 

そもそもハイヒールの靴が生まれたのは「背を高くみせたい」や「足を長く見せたい」という欲求からであり

少し歴史を探れば女性だけでなく男性も好んでハイヒールを履いていたことも分かります。

ちなみに、男性がハイヒールを履かなくなった理由は「実用的でないから」

 

このまさかの展開!!!

空想のマナーを重んじるばかりに、その靴の本質が忘れられている!

先人たちが既に結論を出しているのに、現代で繰り返される悲劇!!

 

ということで、何の根拠も理由もなくハイヒールを働く女性に強要するのは間違っていると思います。

  

ただし、着用する服装が、その人の印象に直結する大切なものであることには間違いありません。そのため、企業としては服装のマナーを新人研修の際に設けるところも多いでしょう。

 

ただ、マナーのテンプレート化も、それによる服装のテンプレート化も、その強制も納得できません。

あくまでも、生きた感覚で、何故それをすると悪い印象を与えるのか、良い印象を与えるのか、しっかりとした理由をもってマナーを共有するべきだと思います。

 

ココ・シャネルのように、心の声を伝えて世の中の当たり前をぶち壊す力はありませんが、ハイヒール問題に私も一石投じさせて頂きました。

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とりあえず幼い子供を差し置いて、幼児用の遊具を占有するようなマナー違反な女からは脱却しようと思います。