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アラサーOLがアートでアレコレやってみるブログ

ブログ名変更しました(再)。アート初心者大歓迎! アートの面白さをナナメ上の視点から追求していくブログになります。

Giorgio de Chirico:Yellow Fantasy

みなさんには消したい過去はありますか?

私はめっちゃあります。

中学のときの体重とか小学校のときの腐女子っぷりとか社会人になってのやらかしっぷりとかなんかもうイーッてなるやつ。

 

ピカソと同時代に活躍していた画家、ジョルジョ・デ・キリコは自分の過去の作品を贋作扱いして、過去を葬り去ろうとした人と言われています。

 

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ですが、とても残念なことに、今現在「キリコ」で皆さんがふと思い浮かべる絵は、その決別しようとした過去の作品であり、当時キリコが画家として評価されたのもその時代のときの作品だけでした。

せつない。

ジョルジョ・デ・キリコの評価された絵は「形而上絵画」とカテゴライズされ、彼はそれに関する書籍をも書いております。

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「形而上」ですが、簡単に説明すると「形のないもの」もしくは「超自然的なもの(=精神的なものとか)」。なんかキュビズムと通ずるものがありますね。

キリコはそれを表現するために「居心地の悪さ、違和感、人を転居させる、環境の変化」という意味のフランス語である、「デペイズマン」というモノを奇妙な組み合わせで描く手法を確立します。

 

ではどのように描いていったのか。

藤田令伊先生曰くのディスクリプションがてら一つの絵について考察したいと思います。

 

ディスクリプションとは簡単にいうと、絵に何が描かれているのかを言葉に出してみることです。それによって、その画面に何が描かれているのかを詳しく認識することができます。

時間もかかるし、一つ一つの絵にやっていたらタイムロスが激しいので気になった絵だけにやってみるだけでいいと思います。

ただ、作品を読み込んで自分なりの疑問や発見を見つけ出すのはとても有効な手立てになりますよ。

 

さてキリコに戻ります。

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「街路の憂愁と神秘」1914年

 

個人的に一番心を動かされたのはこちらの絵。

 

よく見て頂くと、建物の傾く角度が違っており、遠近法の中心となるべき焦点がそれぞれずれていることが分かります。

左下にいる鉄輪を転がしている女の子は(そもそも何で転がしているの?という疑問もありますが)、影で塗りつぶされています。こわい。

もう一人人物がいますが、その人は(もしくは彫像かもしれないけど)不自然に長く伸びた影のみ。キリコの形而上絵画では人間は小さく描かれている、もしくは全く描かれていないことが特徴のひとつです。

左側から奥まで続いている古典的アーチが連なった建物もなんか引き伸ばされたみたいに続いていて、ものすごく異質な感じで描かれています。

風があるのかしら?建物の上の赤い旗は左側へとなびいています。

中央右には明らかにドアの縮尺が足りていない貨物車?。影の中なのに、なんで外側の木目がわかるの?というか右側の建物とのバランスおかしくない?ここだけ異次元っぽい。

空の色も緑色と不気味。雲はなく、太陽が右側にあるはずなのに、地面に近いほうが白けている。明け方なの?日暮れどきなの?いつのときのこと描いているの?

 

さて最後のほう完全に混乱していますが。

この絵を見るとまず「千と千尋の神隠し」の最初に出てくる無人の町を思い出します。

そう、あの無人感による不安、困惑、時間概念のなさが怖い。

 

私たちが住んでいる現実世界の産物であることには間違いないのに、人が造ったものに違いないのに。それが少しずつあるべき姿からズレて、奇妙な組み合わせになったとき、なんだか白昼夢を見ているような感覚に陥ります。

 

このようにピカソとはまた異なった感覚的なちぐはぐ感、これまでの風景画や静物画、風刺画などでは感じることのない違和感をキリコは表現し、具体的なものでは示しえない「形而上」的なものを人に想起させていったのです。

 

当時の評論家がキリコの絵を見ると「静謐、郷愁、謎、幻惑、困惑、不安」が蘇るとおっしゃっていたらしいですが。

「静謐」と「郷愁」って残りのワードとちょっと反対じゃないか?と疑問がわきます。

 

そこで超偶然掘り当てた私個人の視点で見てみると、この絵の中央に鎮座するこの黄土色がキーになってくるのかなと。

この黄土色って「ナウシカ」の回想場面と同じ色なんです。

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ナウシカにとって悲しい思い出。

そしてこれから起こることへの不安感。

キリコの絵では、画面上黒と合わさることで「危険」信号と化してます。

 

そしてもう一つ、その不安感とは反対の意味でですが、夜の町に浮かぶ窓から漏れる部屋の明かりを思い浮かべます。

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やっぱり蛍光灯よりこのオレンジ灯が大好きです。

こちらはどちらかというと、外を歩いて帰ってきた人に対して「安心」「落ち着き」を与えます。

蛇足ですが個人的に夜の住宅街を歩いて、このオレンジ灯が部屋から漏れている様子を見るのがすごく好きです。私がちょっと危ない格好や目つきをしていたら真っ先に職質を食らうような趣味ですが。

 

なんで同系色でこんなに感想が違うの?

そこで「黄色」のイメージ効果をカラーセラピーで調べたところ、面白いことを発見。

 

ポジティブイメージ(一例): 明るい、楽しい、のどか、幸福、安全地帯 ネガティブイメージ(一例): 危険、緊張、不安、軽率

http://iro-color.com/episode/about-color/yellow.htmlより抜粋。

 

なので、上記2件例を挙げましたが、実は黄色のカラーってどちらの意味合いも兼ね揃えているんですよね。

(ちなみに思いつきで始めた色の考察が思いがけなかった結論になったので自分でも驚いています。)

そのためか分かりませんが、形而上絵画のときはいくつかこの色が画面上に使われています。

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やっぱりこわいよー

 

でもネットでサーチしてみたら、この解釈してる人いなかったんです。

Google様で2-3P見ただけだけど)

ふふふ、やっぱりあたし天才かもー

 

でもまぁ本当いえば、赤から黄色、黄色から緑への色の移り変わりやら配色やらを分析したほうがいいんだと思いますが、それは気が向いたときにまた今度!

そしてその時は黄色の法則の論を覆すかも!

 

さて、次回もキリコさん続きます。

ちゃんと冒頭で話した「なぜ彼が過去の作品を捨てなければならなかったか」を個人的妄想で話したいと思います。