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アラサーOLがアートでアレコレやってみるブログ

ブログ名変更しました(再)。アート初心者大歓迎! アートの面白さをナナメ上の視点から追求していくブログになります。

PABLO PICASSO-4

先に書いておきますと(後ほど感想編で全てぶちまけます)、

一回論旨が破たんして回収作業に追われてました 笑

 

そんなこんなでピカソ編完結編―1です。結局2回に分かれます。

 

これまでの流れを確認すると、

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晩年のピカソ イケメンおじいちゃん

 

ピカソは世紀のアイディアマン。

 

・俺あわねぇっすって学校飛び出したけどその類まれな才能を若いころに認められてパトロンついて貧乏脱出!彼女もできたぜ!人生ばら色!!

 

・そんな中、流行のアフリカ彫刻を見て電撃が走って神おりてきて、キュビズムの始まりとなる「アフリカ彫刻の時代」に着手。

 

キュビズムってなんですか?どうやら描く対象をぐるーりと回ってみて見えたいろいろな姿・形を画面の中に当てはめた平面的な芸術作品をつくる活動をいうらしい。

 

・このキュビズムの活動によって、これまでヨーロッパを中心に絶対的だった、遠近法による三次元を表現する方法を打破!新常識をつくっちゃった。

 

・そもそもピカソが気になったアフリカ彫刻って?「お面」ですが、特徴としては、それを作る人が、身の回りの人間や自然物をそれぞれの考えや想いによって形を変えて作っているらしい。

 =「精神的な歪みからの表象」

・あとお面が使われる状況=儀式=舞を考えると、きらびやかなゴールドの着物着てかつら被って踊っている姿を見たらあの人とわかるくらい、これ!!という分かりやすい表現がそのお面にされているらしい。

 =「表象の明確な強調」

 

こんな流れでした。

 

そして今回話すのは、キュビズムとはなんぞや? アフリカ彫刻って散々繰り返してるけど、どこからどうつながっていくの?というお話。

 

 

本題に入ります。

元々キュビズムの活動自体はジョルジュ・ブラックと共に、遠近法などの伝統的なヨーロッパ絵画の表現を打破することが目的でした。

 

レオナルドダヴィンチの「最後の晩餐」で見られるように、ルネサンスから400年ほど信じられてきた表現技法を打破するんですから、並外れた価値観と観察眼をもってでないと簡単に打破できません。

 

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一点焦点による遠近法。画面中央に1点視点が設けられて、そこから奥行きを表現する。

 

そもそもその伝統的な技法はなぜ生まれたのかというと、PABLO PICASSO2で書きましたが、ヨーロッパ絵画の元々の目的は「伝達」。

つまりは描く対象があって、それを見て描く画家の視点と、それを見て何が描いてあるかを解く鑑賞者の視点は同じでなければなりません。

思考の共有というべきか。

それが寓意的な髑髏=死を表す静物画であっても同じです。

描く目的があって、その目的を鑑賞者が享受する。

テクニックの差や表現方法は時代によって変われど、写実的であり、鑑賞者に言語的でなくても絵を介して理解、共感を得ることが重要なのです。

これまで絵画をベースに話してきましたが、ローマ彫刻を思い浮かべて頂ければ塑像など立体的な作品に対しても同じ論が適用できます。

 

しかしピカソが遠く離れたアフリカの土地で生まれたアフリカ彫刻から見たものはそれとは全く異なる世界観でした。

ここから「精神的な歪みからの表象」がキュビズムに至った点について話します。

 

そもそもの作品をつくる上でのスタート地点が異なります。

描く対象やそれに託された目的よりも、アフリカ彫刻にはその作り手の精神性がフィーチャーされているのです。

実はこれまで焦点を当てられなかった作り手・画家の内部の「個人性」が作品をよみとく上で重要になってくるのです。

 

現代では、多くの芸術家たちの個性は取り上げられ分析されていますが、考えてみてください、「伝達」が目的であるものに対して作り手の技術は求められるけれども内部の個性、精神論、感情論は必要ありません。

むしろ伝える内容によっては、それが邪魔になる場合もあります。

 

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レオナルドダヴィンチ≪モナ・リザ≫1503-19年頃

ルーヴル美術館にて個人撮影)

富裕な商人フランチェスコ・デル・ジョコンドの妻リザ・デル・ジョコンドの肖像ですが、彼女の次男の出産祝いに制作が依頼されたもの。作者から彼女に対する想いは一切反映されていない写実的な絵(特にレオナオルド自身抱いていた想いがあったわけでもないけど)。

 

そういったこれまでの時代の流れに逆らい、キュビズムの場合、その作り手自身の個人の精神と思考への焦点がキーとなってきます。

 

要は作り手が、その描く対象を「どのような視点で見ていたのか」「どのように捉えていたのか」「どのように考えていたのか」「どのように表現するのか」などのIが絶対的な主語となり、HOWの問いかけを繰り返し、描くことが活動の原点となってきます。

 

そしてその結果完成した作品から読み取れる目的自体も、実はこのHOWでしかないんです。

ですから、描かれているWHATを読み解くキュビズム以前の作品を鑑賞するときとは全く別の価値観と視点から鑑賞しないとかなり混乱してしまいます。

 

では、そのHOWの問いかけはどのように描かれていったのか。

それを、「表象の明確な強調」というところからスタートして話します。

 

ただここからは文字数都合上、次回に回します。

Stay tuned!!