元ファッション・バイヤーが魅了された「モダン・ビューティー展」のファッション・アーカイブたち
こんにちは、ゆきびっちです。
先日、箱根ポーラ美術館で開催されている「モダン・ビューティー展」にお邪魔させていただきました。
今回はその模様をレポートしたいと思います。
■なぜモダンか? ファッションと近代の関係性
さて、みなさん、芸術はどんな目的で作られていると思いますか?
エミール=オーギュスト・カロリュス=デュラン<母と子(フェード夫人と子供たち>1897年
同展覧会は19世紀から20世紀前半の作品が展示されていますが、その時代の人々は、現代人の感覚に近いと考えられます。
この頃、産業革命が起こり、モノを大量生産できるようになり、情報が世界をまたがって流れ始めていました。
新しい情報が常に舞い込み、当時生きていた人々は、これまで守ってきたものへのアップデートを毎日のように行わなければならなかったのでしょう。
それは、SNSなどから情報を絶え間なく入手している現代の人々の様子と、余り変わりがないのかもしれません。
そんなとき、フランスの詩人ボードレールは、「その時代ならではのもの」を、移ろいゆく時間の中から取り出して、作品の中に残すことを芸術家たちに薦めました。
まだ写真のない時代、芸術に「アーカイブ(保存・活用)」という役割が与えられたのです。
そして、「その時代ならではのもの」として挙げられたものひとつに「ファッション」もありました。
今回のモダン・ビューティー展は、そのような激動の時代に、技術と思想の発展によって移り変わっていく、「女性のファッション」を切り口にして美術作品を展示しているのです。
■アーカイブされたファッションたち
さて、展示は19世紀半ばから順に、時代ごとのファッションを追っていく形で進んでいきます。
※今回は特別な許可を頂いて館内を撮影しております。
1850年代のドレスの裾がドーム型に広がったクリノリン・スタイルから始まり、ポール・ポワレのコルセットの排除を超えて、1920年代のアール・デコ・スタイルまで。
実際のドレスと、そのドレスを纏った女性の肖像画が同じスペースに展示され、見比べることができます。
また同じ空間に、ファッション以外にアーカイブされた「当時のもの」。例えば、近代を象徴する電車やピカソのキュビズムなどの作品が並列しているので、背景の時代を照らし合わせて楽しむことができます。
アンリ・ルソー<エッフェル塔とトロカデロ宮殿の眺望>1896-98年
※ドレスのスタイルのご説明は割愛しましたが、一部こちらの記事でご説明していますので、よければ読んでみてくださいね。
■ここは見てほしい、ファッションのアーカイブ
<当時のキラキラ女子が注目した100年以上前のファッション雑誌>
ファッションといえば、やはり情報力が大切。
19世紀にはファッション雑誌が次々と刊行され、ファッションの流行がヨーロッパ各地に広まるようになります。
今も高い人気を得ている「VOGUE」も1890年代に発刊されました。
これら雑誌に入っていた、カラー版画の「ファッション・プレート」は、今の雑誌ならば「今年の春!これを買わなきゃ損!」という特集ページに当たるのでしょう。
<シック・パリジャン>(ファッション・プレート)1910年代
ものによっては、一枚に何人もの着飾った女性が描かれ、そのとき流行していたファッションを一度に見ることができました。
<コート・ダジュール/テラスでの宴>(ファッション・プレート)1915年
ここで画家とは異なる、イラストレーターという存在が出てきます。
実はファッション・プレートは、洋服をデザインするデザイナーと、それを描くイラストレーター、そしてイラストを再現する印刷者、3つの高い技術力が発揮されて初めて完成するものでした。
それは芸術の域に達しており、現代でもファンは多いと言われています。
ファッションの流行によっても、プレートの様相が大分変ってくるので、そこもチェックしてみると、さらに楽しめると思います。
<女性の生活と共に進化した、溜息漏れる化粧道具たち>
この展示会の中で、ただただ溜息が漏れ続けたのが、化粧道具のコーナー。
男性は揺れるものに本能的にときめくようですが、女性はキラキラしたものに心を奪われてならないようです。無意識に見つめ続けてしまいます。
<球形ケース入り花文香水便>19世紀後半
19世紀は、女性は体に負担のかかるドレスを着ていたため、室内での行動し、お化粧もナチュラル系が流行っていました。
エミール・ガレ<騎馬人物文香水瓶>1880年代
そのため、化粧道具には、化粧水や香水を入れる華美な装飾のガラス瓶が多く、女性のプライベートな浴室や化粧室を彩りました。
20世紀にもなると、女性たちは外で活動的になり、ロシアバレエの影響から華やかなお化粧が流行したために、携帯用コンパクトケースが登場します。
<金属ベルト付 5種入りコンパクトケース>1920-50年
なかはフェイスパウダー、チーク、櫛、口紅、反対の面にはタバコとマッチが入るようになっているのだとか。
現代にもマッチするような機能性を持ち合わせています。
<男と女はいつでもすれ違う ファッショニスタ画家たちの野望>
女性のファッションに口出す、小うるさい男性ってたまにいません? 逆もまた然りですが。
どうやら画家のマネは、もともと上流階級に生まれて、センスも洗練されていたためか、描くモデルの女性のファッションを強く意識していたらしいです。
エドゥアール・マネ<ベンチにて>1879年
画家自らが、モデルのスタイリストになったり、どうやら婦人服店でモデルと一緒に服を選んだりしたこともあったようです。
ほかにも有名なルノアールの展示された作品を見てみると、気づくことがあります。
こちらと……、
ピエール・オーギュスト・ルノワール<髪かざり>1888年
こちら。
ピエール・オーギュスト・ルノワール<レースの帽子の少女>1891年
なんと、服が同じ?
そう、仕立屋の息子だったルノアールは幼い頃からファッションに触れており、マネと同じくらいのこだわりをみせます。
おそらくお気に入りだったのか、女性が綺麗に見える服とわかっていたのか、ルノアールは同じ艶やかな素材の白のパフスリーブのドレスを違ったモデルに着せて、描きました。
ときにはモデルのために、帽子を作ってあげることもあったそうですよ。器用ですね。
現代の小うるさい男性にはちょっぴり「出直して来い」と言いたくなりますが、スタイリストとしてモデルを綺麗にしてくれるという意味では、マネやルノアールと一緒にショッピングに行ってみたいものです。
まだまだ話足りない「モダン・ビューティ展」ですが、9月4日まで開催中です。
会期中は、館内にあるレストランでは特別メニューがあったり、箱根ならでは森の遊歩道の散歩道があったりと、一日中過ごすことができます。
ポーラ美術館ならではの圧巻のコレクションを、国内で見ることができますので、ぜひこれからの季節、足を運んでみては?
日本のアートの今を知りたければここに集え 「泊まれるアート」BnA hotel Koenjiがスタート
人がアート作品に触れたいとき、どこに向かうだろうか。
ぱっと思い浮かぶのは、国立新美術館や森ビルのアートセンターなどの施設だろう。
ニューヨークのチェルシーや、パリのモンマルトルのように、ふらりと歩いていたらアートにつながる、という地域は東京ではなかなか見つからない。
実際には銀座や表参道、そして高円寺にはギャラリーも多く、地域発信型のアートイベントも意欲的に開催しているのに、だ。
しかし、高円寺に今年の3月、新しい施設が誕生する。
「泊まれるアート」をコンセプトにした、部屋がまるごとアートの空間となっている宿泊施設 BnA hotel Koenji。
その部屋はまさに、見る人が「アートの中に入りこんでしまう」部屋といえるだろう。
JR高円寺駅北口。
ロータリーを右側に進み、1分もしない内にたどり着くビルがそれだ。
所せましとアート作品が飾られた1階は、ホテルのフロントデスクとなっている。
部屋は2階と3階にある。
■日本狼が駆け抜ける部屋 高橋洋平「(未定)」
2階アーティスト:高橋洋平
まずはライブぺインター・高橋洋平さんが手掛ける、2階の部屋を見てみたい。
扉を開けると、まず暗い森のような雰囲気に包まれる。
そして、まだ新しいウッドの床の上を寝室に向かって進むと、ハッと、颯爽感が突き抜ける。
日本狼だ。
部屋の入口の、暗い森の暗闇と溶け合っていた日本狼たちが、寝室でその正体を現す。
部屋の反対側から見てみると、入口から日本狼たちが駆け抜けていきそうに感じるのだ。
もうここで完全に私はこの部屋のトリコになってしまった。
今日はここから離れないぞ!!!!思わず吠えそうになる。
じっくり作品を見ていると、日本狼たちの、まるで人間のような表情にひとつひとつ目が奪われてしまう。
BnA hotelはこれまでに池袋、京都の二か所にオープンしている。
しかし、この高円寺のものは、建築の段階からアーティストの方々が参加し、その作品を表現するための工夫を部屋自体に凝らしている点で、他の二つの施設とは異なっているといえる。
日本狼のそのリアルな描写も、天井の角を取り、半円にすることで、違和感が生じないように工夫しているのだ。
右側の上の狼の背中の毛の辺りが、本来は壁面と壁面の角になる。
間接照明だけで照らすと、狼たちが浮かび上がり、昼とはまた違った、日本狼特有の神秘性をも感じることができる。
もうしまいには、狼が愛おしくなり、最大級の愛情表現で壁画にべったり張り付きたくなってしまうのだが、これはれっきとしたアーティストの渾身の作品。
敬意を払い、目だけで愛でることに全神経を集中させたい。
■アートの一部に取り込まれる部屋 Ryuichi Ogino「Ten」
3階アーティスト:Ryuichi Ogino
続いては3階。
2階とは全く異なる、鮮やかなイエローカラーが入口から出迎えてくれた。
寝室はアーティスト Ryuichi Oginoさんの世界観が十二分に感じられるような、ミニマルな作品となっている。
先ほどの日本狼の部屋が作品の世界観に引き込まれるものだとしたら、こちらの部屋はまるで自分がアートの一部として取り込まれてしまったかのような感覚に陥る。
この作品は、地と図の2つがある。
有名な絵画・モナリザでいうと、モナリザ自身=図、背景=地である。
壁や照明の黄色の部分が地で、黒と白のジグザグもしくはグルグルの文様が図としてその上に置かれている。
クッションや、フットカバー、そしてカーペットまでも!そのルールが守られており、これがホテルの一室ではなく、アート作品なのだと改めて実感させられる。
どうやらベッドの後ろにある壁掛けの装飾は偶然にも、左が「男性」、右が「女性」のシンボルを、そして真ん中のジグザグが「交わり」を表現してしまったらしい。
ちょっぴり、わお!なエピソードには思わず笑ってしまった。
今後はウェルカムドリンクや室内のBGMなど、視覚以外でも作品を鑑賞できる仕掛けを企画しているとのこと。
作品の更なる進化が楽しみすぎて、もう、正座しながら待っていたい気持ちだ。
■ターゲットは日本の「ローカル」に触れたい外国人観光客
宿泊費は16,000~20,000円を想定しており、ターゲットは外国人旅行客。
特に旅慣れをして、有名な観光施設よりは「ローカル」(いわば地元)に注目する人を想定している。
そのため、今回ご紹介したビルを中心に、高円寺の町にちりばめるようにして今後3年で30~40部屋の展開を計画している。
一般的なホテルに付随するレストラン、お風呂、お土産屋などの役割を、地元のビジネスと提携・協業をし、一つの施設で完結させない、町全体で「ホテル」を機能させる形態へと発展させていくというのだ。
余りにも壮大な計画すぎて、くらりとしてしまう。
■日本のアートの今を知ることができる高円寺
しかし、私たち日本人もアートを楽しみたい!
実はBnA hotel Koenjiはホテル・ビジネスでは終わらない。
冒頭の「人がアートに触れたいとき、どこに行けばいいのだろうか」の問いに答えてくれるのが、このホテルだ。
3月にオープンするビルの1階は、昼はおにぎりカフェ、夜はバーとして営業するため、宿泊者以外でも利用ができる。
更に地元のアーティストたちはそこに作品を持ち込めば、他のアーティストの作品と交換できるシステムとなるらしい。
ここでローカルのアーティストたちによる、アートのサイクルができる。
そして私たちも日常的な生活の中で、最先端のアートに触れることができるのだ。
しかし作品と人との(物理的にも)距離が近い。近すぎて壊してしまわないか、不安になってしまう。
振り向けば作品がある。そんな距離感のバー。
地下のフロアでも国内外のアーティストを毎月招待し、その空間で作品制作から展示までが行われるアーティスト・レジデンシーが実施される。
ということは毎月ふらりと高円寺に訪れても、「今」を感じられるアートに触れることができるのだ。
そして高円寺というギャラリーが多い土地柄、生きたアート情報も集まるに違いない。
BnA hotel Koenjiは外国と日本をつなげるだけでなく、地元の点と点をつないでいくのだろう。
「日本のアートの今を知りたければここに集え」
2016.3.7 GRAND OPEN